久しぶりのブログです。

ご無沙汰しています。

 

サロン、スクールも無事に復活し、皆様と久しぶりにお会いできて

有難い日々を送っています。

 

さて、ここ1週間ほどの間に

「パワハラ」という言葉を

会う人、会う人から何度となく聞くに至り

このことについて書いてみようかと思いました。

 

折しも、2020年6月から施行される

パワハラ防止法

 

基本的なことを言うと

してる人はそのつもりがなくても

「パワハラされている」と感じたら

パワハラは成立する、ということだと思います。

 

これまで以上に人事の担当や総務の人たちなどは

以前と違った対応が必要となるでしょう。

 

一度、病んでしまうと、

なかなか元の心身とも健康な状態に戻ることは難しく

とにもかくにも、

この人の顔を見たら心拍数が上がる、

だとか、

会社に行くのに足が重い、だとか、

夜眠れない、日曜の夜が嫌だ、などなど

「兆候」があったら、そこから逃げることをお勧めします。

 

これが、職場となると、

この人はパワハラ気味だけど

売り上げを上げているから、

などといった基準で人を判断してしまいがちです。

そのような人がパワハラをしていても、

上はなかなか強く指導を出来なくなってしまいます。

 

人を育てる、ということは

会社でも

学校でも

家庭でも

自分以外の人間に「尊厳」を持って接しているか?

相手の立場に立って「想像」出来ているか?

とても大切なことだと思うのです。

 

そして指導をするときに伝える言葉に

「整合性」があるのか?

 

やみくもに

自分の憂さ晴らしになっていないか?

イライラをぶつけてはいないか?

自分の方が正しいと思い込んでいないか?

 

学校でも家庭でも

相手の言っていることが正しいか

小さい子でも赤ちゃんでもちゃんと判っています。

誤魔化しは全く通じません。

 

教室でも

先生が、この前言ったこととと、

今日言ったことが違ったら

あの先生は信用ならない、とちゃんと理解しています。

 

会社でも

新人を育てる、ということは

「昔は・・」「自分たちが新人の時は・・」

そんな事は今は通用しません。

 

年配や、部活などで上からやられていた人は

恫喝して育てるものだ、と思っている。

 

でも、それも今は通用しません。

 

じゃあどうすれば?

 

打って響く人、響かない人、いろいろでしょう。

それでもその人に合わせた教育をやって行くしかない。

 

パワハラで相手を萎縮させて、

それについてこれる人だけが必要な人材だ、という考えは

今は遠い過去のものです。

 

だからこそ、育てる専門家も必要になりますし、

評価の基準も変えられるべきですし、

辛い人が辛い、と言える環境に変えなければなりません。

 

綺麗事だ!と言われそうですが、

新しい疫病が出てきた今、

社内でパワハラなどしてる暇はありません。

 

いかに良い環境で、

会社、そしてそこに働く人たちが

「生き延びて行くのか?」

アフターコロナの今、必要なのはそのための知恵と、

みんなの協力と、個人の環境を整える事。

 

個人の心と体の健康を維持する事は、

会社、そして、地域、社会、国のためにもなり、

今更ですが、

思いやりや想像力、相手への尊厳を持つことは、

実は一番、自分の成長に繋がっているのだ、と

思えてなりません。

 

パワハラ防止法がきちんと履行されて、

執拗なパワハラが減り、

心を病む人が少なくなる事を

 

私にパワハラの話を辛い中にもしてくれた人たちの環境が

少しでも改善される事を願って止みません。